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アジアで海外生活

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アジアで海外生活

マレーシア

私は、アジアで生活を始めたのは会社が倒産して
からです。

それまでは、日本でサラリーマン生活を送っていました
普通の労働者です。

ある時新聞に、マレーシア工場勤務の募集が出て
マレーシアはどんな所か全くわからずに履歴書を
送った所、面接の通知が来て面接した所から
始まります。

採用が決まり、秋田の工場で3ヶ月の研修後
マレーシアに赴任しましたが、住まいを決めるのに
自分で不動産屋と交渉して、1ヶ月半係りました。

この間、ホテル住まいでしたが、ホテルは休まらない
所だとつくずく感じたのも、この時です。

住まいが決まった時にはほっとしてしばし部屋で
ぼーっとした記憶があります。

そのアパートは都心にあるにも関わらずリスが時々
木に止まっていたり木岐の間を飛び跳ねている
自然たっぷりの快適な環境でした。
(現在は全く変貌していますが、1989年には)

ここから、毎日工場まで40分位高速を走って
会社に行く訳ですが、会社の車がひろってくれる為
道路まで出て待たなければならず、雨の日には
大変だったのを覚えています。

その当時(1989年)には首都圏内でもそれ程
交通渋滞が多発しているわけではなく、時々
事故などで、渋滞し30分待つことも有り、また
仕事の都合で帰りが皆と合わず苦労した為に
自分で中古車を買って通勤するようになりました。

自分で車を運転して通勤し始めてから、この中古車は
エンジンが3回壊れて、高速に乗り捨てた経験が有ります。

会社の人間が高速の路がたに止まっている黄色いコルチナ
を見てまた壊れたと徐行してくれたので、なんとか
会社には辿りつけました。

現在騒がれているトヨタのリコール等は可愛いものです。

マレーシアでは、エンジンが壊れるフォードの車が
走っていた訳です。

アジアで海外生活
マレーシア2  に続く

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